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松井秀喜が示した指導者として大切なもの:コミュニケーション能力とは何か

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今日、松井秀喜のインタビュー記事を読んだ(下のリンク参照)。松井氏は知らない人がいないほどの偉大な野球選手である。彼は現在、米ヤンキースのゼネラルマネージャー特別アドバイザーを務めている。

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この記事は、指導者として活躍する”今の”松井氏を映し出すインタビュー記事である。彼の野球に対する思いや、指導にかける思いが如実に伝わってくる良記事だ。大変感銘を受け、共感する箇所も多かった。この記事の中で、松井氏は指導者が備えるべき必須スキルを示してくれたように私には思えたので、本記事にそれをまとめたいと思う。

指摘するだけでは「指導」にはならない 

指導する立場となって感じるのは、悪い点を指摘するのは簡単だということ。(中略)変わる必要性を選手にどう気付かせ、納得させて改善するか。コーチが見て良くなったと評価できる形で、かつ選手自身の感覚でもいいと思えるものを導き出さなければいけない。指導するうえで一番難しい部分だ。 指摘することと、変わるように導いてやることは全く別で、両方やって初めて指導者と言える。

この言葉は、指導や教育に従事する全ての人にとって重要な点をうまく突いている。指導とは、相手の思考や感情をシミュレーションした上で、相手が自分自身で最適解を導き出せるようアシストすることだと思う。

上で引用した松井氏の言葉は、臨床心理学でいうところの「ラポール」に通じるものがある。カウンセリングにおいて、セラピストはクライアントと良好な関係を築くことで、クライアントにとっての最適解を彼ら自身の手で導き出せるよう手伝いをする。これがラポールであり、「信頼関係」や「以心伝心」などとよく似た概念である。

指導は思ったよりも難しい。私も研究室や勤務先で後輩を指導したことがある。相手のラポールを築けなかったがため、もしくは、相手の思考をフォローできなかったがために、不適切な指導をしてしまったことは思いつくだけでもたくさんある。教育を生業とする人でなくとも、誰かを指導しなければならないことはよくあるため、私と同じような経験をした人は多いはずだ。

「相手との良好な関係を築く」「相手の思考や感情を推し量る」などは指導者が満たすべき必須条件であるが、徹底できていない人がほとんどであるように思う。「なんでこんなこともわからないの?」などと口に出してしまう人は多い。このインタビュー記事は、日常を過ごしていくと忘れがちになってしまう大切な点を思い出させてくれる良記事である。

指導における言語化能力の重要性

自分が作り上げてきた打撃と他人が作り上げてきた過程やそこから得た感覚は共有するのは不可能に近いと思う。だからこそ、長嶋茂雄監督は松井秀喜に毎日ほぼ同じことを言っていた。

指導においては、自分の思考・感覚をうまく言語化しなければ相手は納得してくれない。思考や感覚をうまく伝えきれない場合、つまり、暗黙知を相手と共有したい場合は、何度も教えることで相手にその情報の重要性を伝えることでしか指導を行うことができない。

暗黙知...言語では説明しきれない知識のこと。自転車の乗り方やバットの振り方も暗黙知に含まれると言える。

上記の通り、打撃感覚を他人と共有することは不可能に近いと松井氏は述べている。長嶋監督は、指導の際に選手に「シュッとしてパーン!」などと言って教えていたことは有名である。これは長嶋監督の指導力が低いということには直結しない。バットの振り方やバッターボックスでの振る舞いは、形式知ではなく暗黙知であるため、言葉を使って相手に完璧に伝えることは不可能だということを意味する。

形式知...暗黙知と対照的な概念。つまり、言語や図表、数式によって記述できる類の知識のこと。

ただ、自分の中にのみ存在する知識や概念、認知活動をうまく言語化し、相手に伝える能力に優れた人間は一定数存在する。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやスティーブ・ジョブズなどは、言語化能力に優れた人間ではないかと思う。彼らの講演を聴くとそれがよくわかる。脳内の知をうまく言語化できたからこそ、多くの人の心を動かす破壊的な革命を起こすことができたのではないだろうか。

松井氏も、少しタイプは異なるが(彼は寡黙なタイプ)、言語化能力に優れた指導者になりえると思う。その片鱗は、彼が引退後に初めて出版した書籍「エキストラ・イニングス 僕の野球論」の中に垣間見ることができる。精神論が未だに叫ばれ続けている野球界の中で、松井氏ほど自分の思考や感覚を言語化する能力に優れた人間はいないのではないだろうか。

私が思うに、巷でよく謳われる「コミュニケーション能力」は以下の2つの能力で構成される。

  1. 相手の思考や前提知識、感情を自分の脳内でシミュレーションする能力
  2. 自分の脳内の暗黙知を、可能なかぎり形式知に変換する表現力

2つとも、当記事で既に説明したものである。1はコミュニケーションの相手を知ること、つまりインプットに相当し、2は自分の考えを伝えること、つまりアウトプットに相当する。「言葉のキャッチボール」はこの2つのうちどちらかでも欠ければ、途端に成立しなくなってしまう。漠然なものと考えられがちなコミュニケーション能力であるが、少しだけ細分化して上記の2つの能力に分けると、明確な能力として捉えることができるため、意識して養成しやすくなるのではないかと思う。

少し話がそれてしまった気がするが、これほどまでに他人の思考を掻き立てることができる表現ができる松井氏のすごみに、感銘を受けるばかりである。心理学におけるラポールや、認知科学における暗黙知・形式知など、専門的な領域まで彼の思考は迫っているのではないかと思う。もちろん彼にお会いしたことはないのだが、彼のコミュニケーション能力は群を抜いているはずだ。

今回紹介したインタビュー記事は全3回であるらしい。松井氏の言葉も素晴らしいが、彼の言葉をまとめた記者/ライターも素晴らしい。残りの2回の発行が楽しみです。それでは今日はこれで。