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【書評】諦める力 / 為末大:周囲の雑音に苦しめられている全ての人へ

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為末大さんが書いた『諦める力』がKindle Unlimitedの対象本となっていたので、今更ながら読んでみました。

 

元スポーツ選手が書いた本ということであまり期待していなかったのですが、さすがは「走る哲学者」の異名を持つ為末さん、素晴らしい出来栄えの書籍になっています。

 

 

「自分」を見失っている人にオススメ

本書を要約するのは簡単。なぜなら、為末さん自身が本書の末尾にまとめてくれているから。

 

何かを真剣に諦めることによって、「他人の評価」や「自分の願望」で曇った世界が晴れて、「なるほどこれが自分なのか」と見えなかったものが見えてくる。

 

続けること、やめないことも尊いことではあるが、それ自体が目的になってしまうと、自分というかぎりある存在の可能性を狭める結果にもなる。

 

前向きに、諦める──そんな心の持ちようもあるのだということが、この本を通して伝わったとしたら本望だ。

 

どうですか?この部分を読んだだけでも、本を手に取って読んでみたくなりませんか?

 

この本を読んで欲しいのは、今やっている仕事や勉強が辛い人周囲の声に耳を傾けすぎて自分を見失っている人です。

 

それでは、もっと詳しく紹介していきましょう!

 

為末大ってどんな人?

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為末 大 さん

(http://www.jaaf.or.jp/fan/player/men003.htmlから引用)

 

広島県出身の元陸上競技選手。

 

400mハードルの日本記録保持者であり、世界選手権で2度の銅メダルに輝いています。

 

現在はコメンテーターや指導者として活躍中。

 

また、Twitterで毎日のように至言・名言を呟き、人気を博しています。

本書の目次

第1章:諦めたくないから諦めた

第2章:やめることについて考えてみよう

第3章:現役を引退した僕が見たオリンピック

第4章:他人が決めたランキングに惑わされない

第5章:人は万能ではなく、世の中は平等ではない

第6章:自分にとっての幸福とは何か

 

為末流の「諦める」

為末さんは「諦める」という行為を以下のように捉えています。

 

「自分の才能や能力、置かれた状況などを明らかにしてよく理解し、今、この瞬間にある自分の姿を悟る」

 

世間でよく言われるような「諦める=逃げる」というようなネガティブなイメージを持っているのではなく、諦めるという行為を前向きに捉えていますね。

 

そんな為末さんも、高校時代までは諦めることについてネガティブなイメージを持っていたそうです。

 

しかし、ある経験が為末さんを変えることになります。

100mで味わった挫折と400mハードルへの転向

その経験とは、100mという世界で最も競争の激しい競技で味わった挫折でした。

 

中学時代、為末さんは100m・200mで日本一に輝いています。

 

順風満帆に思えた陸上人生。しかし、高校に入ると100mのタイムが思ったほど伸びなかったのです。

 

中学3年生の時点で11秒2だった選手が、高校3年生になると、僕の記録をおびやかすくらいまで駆け上ってきていた。その時点では、僕のベストタイムを超えていなかったが、僕とライバル選手のタイムの変化をグラフ化すると、そう遠くない時期に僕を超えていくのは明らかだった。

 

さらに世界ジュニアという大会で世界のトップクラスのアスリートを目の当たりにした。

 

日本一の高校生たちがまったく相手にされずに予選落ちしていくのを見て衝撃を受けた。ジュニアといえど、世界レベルになると9秒台に近いタイムで選手たちは走る。

 

この衝撃は大きかった。僕は、このとき初めて「努力しても100メートルでトップに立つのは無理かもしれない」という感覚を味わった。

 

高校時代の彼のベストタイムは10秒6、インターハイの決勝に残れるか残れないかのラインです。

 

100mでオリンピックに出場することはまず無理と言っていいでしょう。

 

私も高校のときに陸上競技をやっており、短距離種目でインターハイ・国体に出場しました。

 

そのため、為末さんがおっしゃる「努力しても勝てない」という感覚をよく理解できます。

 

私は為末さんとは違い、全国では通用しない弱小スプリンターでした。

 

全国大会のレースで自分よりはるか前を走る選手を見て、「あ、俺は陸上向いてないんだな」と悟ってしまい、陸上競技をやめてしまいました。

 

陸上という競技は非常に残酷で、タイムの違いが距離にそのまま表れてしまいます。例えば、100mの場合、たった0.1秒の差でも距離で見れば1mほどの差がついてしまうのです。

 

実際に競技場で走る時には1mであっても遠くに感じてしまう…。

 

そのため、「努力してもあいつにはかなわない」という絶望感を感じやすいスポーツです。

 

「100mでは世界と戦えない」と悟った為末さんは、先生から勧められていた400mハードルに目を付けることにしました。

 

世界のトップが集う国際大会のレースだというのに、走ってきた選手がハードルの手前に来るとチョコチョコと歩幅を合わせるような動きをしている。

 

そういう無駄な動きをしている選手が、金メダルを取っているのだ。そのときに抱いた率直な感想はこうだ。

 

「100メートルでメダルを取るよりも、400メートルハードルのほうがずっと楽に取れるのではないか」 

 

当時はまだ400mハードルの競技人口は少なく、技術やトレーニング方法も洗練されていない時代でした。

 

彼は「ここでなら世界と戦えるかもしれない」と感じ、400mハードルの世界に没頭していくのです。

 

もちろん、100mに対する未練がなかったわけではありません。決断を下した当時はネガティブな感情が絶えなかったそうです

 

100メートルという陸上の花形種目からマイナー種目である400メートルハードルに移った時点で、僕は一時期、強い葛藤に見舞われた。

 

「割り切った」 「諦めた」 「逃げた」

 

こうしたネガティブな感覚を持ち続けた。それを人に言いたくなくて、心のなかに隠しておくことが大きなストレスになった。

 

”手段”を諦めても、”目的”を諦めなければ良い

ネガティブな感情を抱えながらも、400mハードルで結果を残していくうちに、彼はある答えに辿り着きます。

 

「勝つことを諦めたくない」

 

そう、僕は「AがやりたいからBを諦めるという選択」をしたに過ぎない。

 

為末さんの目的は「100mで世界一になること」ではなく、「勝ちたい。世界一になりたい」というものだったのです。

 

つまり、彼にとって100mは世界一になるための”手段”であって、それ自体が”目的”ではないということ。

 

それに気づいた彼は、最終的に次のような考えを持つようになりました。

 

多くの人は、手段を諦めることが諦めだと思っている。だが、目的さえ諦めなければ、手段は変えてもいいのではないだろうか。

 

これはアスリートではない我々の場合でも同様です。

 

例えば、医者を目指している人でもモチベーションは人それぞれ。

 

「誰かを救いたい」から医者を目指している人もいるし、「お金持ちになりたい」から目指しているという人もいます。

 

もし医者を目指すことが現実的ではない状況に陥った時、前者は「人を救える他の仕事(例:看護師、救急隊員)」を目指せばいいですし、後者は「お金がたくさんもらえる仕事(例:総合商社、コンサルタントなど)」を目指せばいいのです。

 

いつまでも”手段”にすがりついていては、一生苦しみ続ける人生になってしまいます。

 

要は「自分が何に対して幸福を感じるのか」について考えて”目的”を設定し、自分が得意な”手段”を使って”目的”を達成する、ということでしょう。

 

もし現在の”手段”が自分に合っていないものなら、別の”手段”を使えばいいわけです。それは逃げではありません。

 

そう考えると、小学校の先生が子どもたちに「将来なりたい職業は?」なんて聞くのはナンセンスかもしれませんね。

 

だって、「どう生きたいのか?」ではなく「何を目指すのか?(どんな手段を取るのか?」を子供に考えさせているわけですから。

 

最高の戦略は、努力を娯楽化すること

では、どのような手段が自分に向いているのでしょうか?

 

為末さんは「努力を楽しいと思える手段」こそ自分に向いていると述べます。

 

最高の戦略は努力が娯楽化することである。

 

そこには苦しみやつらさという感覚はなく、純粋な楽しさがある。苦しくなければ成長できないなんてことはない。

 

人生は楽しんでいい、そして楽しみながら成長すること自体が成功への近道なのだ。

 

楽しんで継続できること、周りから見れば努力に見えるが自分にとっては遊びでしかないもの、そういう手段を選択するということです。

 

そこには他人の意見が介在する余地はありません。周りの声に振り回されるのではなく、自分自身の内なる声に耳を傾けることになります。

 

諦めてよかったかどうかは、人生の終盤になって決まる

元々の”手段”を諦めてよかったかどうかは人生の終盤になってから決まる、と為末さんは言います。

 

結局のところ、何かをやめてよかったか悪かったかという判断は、人生の終盤になって決まるものだと思っている。

 

やめた結果、別の分野で成功すると、やめてよかったという話になる。うまくいかなければ、やめないほうがよかったという話になる。

 

簡単に言うと、「結果論」ですね。

 

「自分が下した選択を正しいものにするために、選んだ道で楽しむ」ということでしょう。

 

自分が行った選択に対して周囲がアレコレ言ってくることはよくあります。それでも、あなたの選んだ道が正しかったかどうかは、あなたが墓に入る直前まで分かりません

 

こう思うことで、確かに前向きに生きていけるような気がします。

 

さて、本記事で取り上げたのは『諦める力』のほんの一部でしかありません。

 

ページをめくる度に感嘆してしまう文章がこの本には詰まっています。

 

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