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パラグアイ戦の戦術はハリルホジッチの遺産なのか? 日本代表が目指す真の「俺たちのサッカー」

最終更新日:2018年6月14日

6月12日に行われたW杯前最後の親善試合、日本代表がついに躍動した。

対戦相手がW杯に出場しないパラグアイであることを加味しても、攻守がうまく噛み合っており、W杯直前に価値ある勝利を掴むことができた。

4-2-3-1の前線である岡崎、香川、乾、武藤によるハイプレス、ボランチ柴崎の出足の早い守備&ビルドアップが見事にハマった試合だった。

特に、前半17分の乾のゴール [link] および後半45分の香川のゴール [link] は、前線からのプレスが機能し、高い位置でボールを奪えたことにより、相手の守備の枚数が揃う前に攻め切ることが出来ていた。

ハイプレス&ショートカウンターは本当にハリルの遺産なのか

Twitterで「4-2-3-1でのハイプレス&ショートカウンター戦法はハリルホジッチ監督が仕込んだもの」という旨のツイートがバズっているのを目にした。

W杯直前のタイミングでハリルを解任したのは悪手だったと私も思っている。そうであっても、この意見に私は違和感を覚える

パラグアイ戦のハイプレス戦術は、ハリルが仕込んだものというよりは、選手たちが所属クラブや過去の日本代表で養ってきた経験が生きた結果生まれたものだと私は考えている。

岡崎、香川、乾は前線からのハイプレスを重視するクラブで長くプレーしてきた実績がある。

岡崎に関しては、彼の献身的なファーストコンタクトおよびプレスが、レスターの15/16シーズン優勝の原動力となった。

香川はクロップ政権時代のドルトムントの中心として活躍。クロップは、ボールを失った瞬間にチーム全体が連動して早いタイミングでボールを奪い返す「ゲーゲンプレス」と呼ばれる戦術を掲げ、香川はシャドーストライカーとして最高の切れ味を発揮していた。

乾に関しても、エイバルのメンディリバル監督はハイプレス&ショートカウンターを標榜 [link]しており、乾はその一役を担っている。

つまり、彼らはもともとハイプレス技術の素養があり、それを実行する意識もある、ということだ。ハリルが仕込むまでもなく、所属クラブで身につけていることなのだ。

さらに言うと、日本代表の試合で岡崎、香川、乾が同時出場したのは、ハリル就任直後の2015年3月に行われたウズベキスタン戦 [link]まで遡らなければならない。

ハリル時代は、岡崎や乾は不遇な扱いを受けており、招集・起用されない試合も多かった。

数ヶ月前までハリルが監督だったのだから、ある程度彼の影響が残っているのは当然だ。それを考慮した上で尚、「パラグアイ戦の戦術はハリルの遺産」と表現することには私は違和感を覚える。

近年のトレンド戦術「ハイプレス」

そもそもハイプレス&ショートカウンターは近年のトレンド戦術だ。

相手の守備の枚数が揃う前に攻撃を終わらせる。これが最も効率的な攻撃であることは納得していただけると思う。だからほとんどの監督がこの形を目指す。

過去の日本代表でも、ハイプレス戦術を浸透させようと歴代の監督たちが試行錯誤していた。

ザッケローニはウディネーゼ時代に3-4-3でのハイプレス戦術で有名になり、代表監督就任当初はそれに近い戦術を試していた(満足のいくシステムとならず、最終的には慣れ親しんだ4バックを選択した)。

アギーレも全体をコンパクトに保ってハイプレスを仕掛けるスタイルを得意としていたし、岡田武史もW杯直前に戦術変更を行うまでは、前線から激しくプレスをかけるスタイルを目指していた。

ハイプレス&ショートカウンター戦法は、ハリルだけによってもたらされたものではないと言うことだ。

ハリルの得意戦術はロングカウンター

それに、ハリルはショートカウンターよりロングカウンターを得意とする監督であると私は思う。

ハリルホジッチは、ブラジルW杯でアルジェリア代表を率い、優勝チームであるドイツを延長戦まで追い詰めたことで名を上げた。

当時ハリルが採用していたのは、基本的にはリトリート&ロングカウンター戦術だ(例:ブラジルW杯の韓国戦 [link])。

自陣エリアに選手を揃えてブロックを形成し、ボールを奪ったら前線にロングボールを送ってカウンターを狙う「堅守速攻」のスタイルである。

韓国戦の動画を見て頂ければわかるが、1点目、3点目はともにディフェンダーから供給された超ロングボールによって得点が生まれている。

そして、日本代表監督時代もほぼ同様の戦術を目指していたと私は考える。

ハイプレス&ショートカウンターが機能したのは、W杯最終予選のオーストラリア戦くらいしか記憶にない(間違っていたらごめん)。

それ以外の試合では、格下チーム相手に自陣に引きこもる展開すらあった。どちらかと言えば、日本代表はショートカウンターよりロングカウンターに頼った戦いを強いられていたと思う

ハリルの思想は選手選考にもよく表れている。ハイプレスとショートカウンターの優先度が高い場合は、プレス戦術に慣れた岡崎や乾を選ぶべきだが、ハリルは大迫や浅野を重宝していた。

おそらく、岡崎よりボールを収められる能力が比較的高い大迫、乾よりスピードのある浅野という判断だったのだろう。ロングカウンターを重視したからこその人選ではないだろうか。

ハリルと選手たちはなぜ衝突したのか

ハイプレスが機能しない場合の戦術

ここからは完全に私の想像なのだが、ハリルと選手たちは「ハイプレスが機能しない場面(つまり試合中ほぼずっと)での戦術」について意見を衝突させてしまい、それがハリル解任に繋がったのではないだろうか

ハイプレスが機能しない場合の主な選択肢を2つに分けると、

  1. 遅攻で得点を狙う
  2. ロングカウンターで得点を狙う

がある。

選手たちは前者、ハリルは後者を望んでいたのだと思う。

ロングボール戦術に対する選手達の不信感

選手たちはハイプレス&ショートカウンター戦術に苦言を呈していたわけではなく、ハイプレスがハマらない場面での攻めの形について不満があったのだろう。

彼らは「ハイプレスがハマらない場合にロングカウンターを狙っても、ボールを収められる能力のある選手がチームにおらず、逆に相手にボールを奪われ攻撃を続行される可能性が高いから、遅攻の方がマシ」と考えていたのかもしれない。

バルセロナと日本代表の差 

代表選手たちが理想としているであろう「高い位置でボールを奪ったらショートカウンター、それ以外は遅攻」という形。これと同じ戦術を採用したチームがある。ルイス・エンリケ監督時代のバルセロナだ。

14/15シーズンにチャンピオンズリーグ優勝を果たしたのバルセロナは、ハイプレスとポゼッションプレイどちらも得意としたチームだった。

遅攻(≒ ポゼッション)の場合は相手チームの枚数が揃っている状態で攻めるため、選手の個人能力が高くなければ得点に結びつけることは難しい。

エンリケ時代のバルセロナにはMSN(メッシ、スアレス、ネイマール)という強大なタレントが前線にいたため、遅攻での破壊力もあった。当時のバルサなら、ハイプレスを仕掛けなくてもリーグで上位に位置するくらいの力はあったはずだ。

それに対して、日本代表の選手たちは個の能力が高いとは言えず、遅攻だけでゴールをこじ開けることは難しい。そのため、ハイプレス&ショートカウンターにも磨きをかける必要がある。

これがバルセロナと日本代表との埋めようもない差だ。

※遅攻に関しては、パラグアイ戦の1点目のシーンのような動きが毎試合できれば良いのだが…。DFからのショートパスを起点にし、前線の選手たちがオフザボールの動きを連動させることで生まれた見事なゴールであった [link]。

今の日本代表ではロングボール戦術は機能しない

個々の能力が低い日本代表が効果的に得点を上げるためには、相手の枚数が揃う前に攻めきるカウンターに頼るしかない。

しかし、あまりにもハリルはロングカウンターを重視しすぎて、選手と衝突してしまったのではないだろうか

ベルギー遠征での山口の「監督はロングボールを蹴れ蹴れと言うけど、いつも蹴られるわけではない」というコメント、大迫の「縦に速いだけじゃ無理」というコメントなどを見れば、彼らがロングボール戦術に確かな疑問を抱いていたことがわかる。

ハリルとしては、自陣でボールを奪取した場合にも、アルジェリアvs韓国戦のようにDFから前線へ(グラウンダーかロブかには関わらず)ロングボールを蹴って欲しかったのだろう。

ハリル自身は、前線の選手たちは十分にボールを収められるし、裏のスペースにうまく抜けて得点に繋げられると感じていたのかもしれない。

しかしながら、ロングボール戦法の採用が厳しいことは、昨日のパラグアイ戦を見れば私でもよく分かる。日本の選手たちは、致命的なほどキック精度が低い

シュートとロングボールを合わせると、何度もボールを明後日の方向に飛ばしてしまっている。プレッシャーのかからない場面でさえだ。

日本人の中ではキックの精度が高いと言われる柴崎でさえ、ロングキックを失敗する場面が見られた。

海外のトップクラブの試合を見ると、選手のキック精度が極めて高いことが分かる [link]。プレッシャーがかかっている場面でも自由自在にパスを送り、サイドチェンジをし、前線にロングボールを供給している。このキックの技術が今の日本代表の選手には不足している。

これではロングカウンターの成功率が低くなる。 また、大迫ら前線の選手がロングボールを収めその後にゴールを決めきれるかというと、決してそうは思えない。

ハリルがアルジェリア代表でロングカウンター戦術を採用できたのは、前線に大きくて強いスリマニ(188 cm)や、快足のフェグリらがいたからだ。さらに、ドイツ戦しか出場していないが、超テクニシャンのマフレズもいた(当時はほぼ無名)。

また、リトリートしてロングカウンターを狙う場合は守備がベタ引きの状態になるが、高さもフィジカルもない日本の守備陣では、簡単に失点を許してしまう

今回のパラグアイ戦でも、PA内でハイボールの対処に戸惑い失点するシーンが見られた [link]。

アルジェリア代表と似た戦術を採用しても、日本の選手たちにはそう易々とはこなせないだろう。

ロングカウンターは日本代表のメンバーの特性とうまく噛み合っていない。

ついには解任...

この、ハイプレスが機能しないケースでのロングボール戦術が自分たちには向いていないと考え、選手たちはハリルと意見を戦わせていたのかもしれない。

お互いが最後まで納得できず、ついには「コミュニケーションに問題がある」ということでハリルは解任に追い込まれた…というのが、自分の想像した解任劇の経緯である。

弱者だからこその「俺たちのサッカー」

ザックの戦術は間違っていたのか

かつて、カタール代表元監督 故ブルーノ・メツは、ザックJAPANを「アジアのバルセロナ」と評した。

ちょうどこの頃から「俺/自分たちのサッカー」という言葉を代表選手たちが口にするようになった。その言葉をファン達は「バルセロナのような、パスを交換して相手陣形を崩すサッカー」と単純に捉えたに違いない。

ブラジルW杯のグループステージで無残に敗退して以降、「俺たちのサッカー」という言葉は、情けない試合をした選手たちを揶揄する言葉としてネット上で使われ始めた。

W杯で1勝も出来なかったことで、「パスサッカーでは世界と戦えない」とファン達は感じ始めたのだ。ロングカウンターを得意とするハリルの就任もパスサッカーへの失望から生まれたのかもしれない。

「俺たちのサッカー ≒ 遅攻」と捉えて代表選手を批判するファンは多い。しかし、上でも述べたが、ザッケローニが本来目指していたのはハイプレス&ポゼッションで試合を支配するサッカーであったはずだ。

ザックが掲げた戦術、そして今回のパラグアイ戦の内容を省みると、選手たちが理想とする「自分たちのサッカー」と、ファンが思う「自分たちのサッカー(≒ 遅攻)」には少しズレがあると私は考える。

ザックが目指す戦術が結実した試合が2試合ある。2013年11月に行われたオランダ戦 [link] とベルギー戦 [link] だ。

攻撃面では、前線の選手の効果的なオフザボールの動きのおかげで、ボール保持者がバイタルエリアにうまく侵入する場面が目立った。守備面では、前線からのハイプレスが機能し、相手に思い通りの攻撃をさせていない。

その結果、強豪であるオランダ・ベルギーを相手に引き分け以上の結果を残した。守備陣のつまらないミスがなければ、どちらの試合も完勝と呼べる内容になっていたはずだ。

完成形に迫りつつあったザックJAPANがブラジルW杯での敗因の一つは、コンディション調整の失敗だと言われている。キャンプ地と試合会場で気温や湿度が大きく異なっており、それが選手のコンディションに影響を与えた。

調整失敗はザックの戦術に多大な影響を与えたはずだ。なぜなら、ハイプレスは想像以上に選手のスタミナを消費するからだ。

状態が良くない選手達は効果的なプレッシングが行えず、遅攻に頼らざるをえない状態に追い込まれた。

先ほども書いたように、個の能力が低い日本代表は効果的な遅攻をすることが難しい。

個の能力が低い場合、ボール保持者がバイタルに侵入するためには、選手のオフザボールの動きが重要になる。しかし、状態がよくない日本の選手たちにはそれも難しかったのかもしれない。

もちろん、対戦相手に研究され尽くしていたという側面や、単純に相手の実力が高いため思い通りの動きをさせてくれなかったという側面もあるだろう。

ザッケローニが目指したサッカーは間違っていたわけではない。実際、ベルギーとオランダに対しては素晴らしい戦いをしているからだ。

ロングカウンターは真の弱者のための戦術ではない

ザックのハイプレス&ポゼッションに対し、ハリルの主な戦術はロングカウンターだ。

ロングカウンターは「弱者の戦法」とよく呼ばれる。「日本代表は弱者なのだからロングカウンターを極めるべき」といった意見もネット上では見られる。 しかし、本当にそうなのだろうか?

私にはロングカウンターが弱者の戦法だとは到底思えない。 ロングカウンターは個々の選手の能力が低いチームではほとんど機能しないからだ。

ここでは、15/16シーズンにプレミアリーグ優勝を飾ったレスターを例に挙げよう。

シーズン開始前、レスターは残留争いが予想されるほどの弱小チームだった(優勝オッズはなんと5,000!)。だが、彼らは「本物の弱者」であっただろうか?

当時のレスターには、高身長で屈強なCBモーガンとフートがおり、中盤にも刈り取り屋であるカンテ、前線には快速選手のバーディやテクニシャンのマフレズがいた。

特にカンテ、バーディ、マフレズは今やプレミアリーグでも屈指のタレントであり、決して弱者とは呼べない。

レスターの戦術は、大雑把に言えば、ボールの支配をほぼ放棄してひたすら守り、ボールを奪ったら前線に蹴り出し、バーディーとマフレズになんとかしてもらう、というものである。ロングカウンターを支えたのは、選手らの才能と勢いだったのだ。

真の弱者のための戦法「ハイプレス&ポゼッション」

日本代表はレスターのようにはいかない。ディフェンダーは決して屈強とは言えず、キックの精度も悪く、高身長/快速のアタッカーもいない。日本こそ本物の弱者なのだ。

そんな弱者が頼ることのできる唯一の戦術、それがハイプレス&ポゼッションだ。

自陣で守り通せないなら、全員が連動してプレスをかけ、相手の陣地でボールを奪い、ショートカウンターで一気に勝負をつける。ショートカウンターが不可能な場合は、相手に攻められる時間を減らすためポゼッションで攻め上がりシュートで攻撃を終わらせる。

つまり、

攻めるのが苦手なら、相手陣地でボールを奪えばいい(ハイプレス&ショートカウンター)。

守るのが苦手なら、相手に攻めさせなければいい(ポゼッション)。

ということだ。

サッカーでは攻撃は最大の防御となり得る。もちろん弱点はあるし、高い練度を必要とする。

もう一つ加えるなら、

個で打開できないなら、選手の連動性を高めて相手DFにバイタルを開けさせ、ゴールを決めればいい(オフザボール)。

だろうか。

これらこそ、身体的・技術的に劣位な日本代表が目指してきた本当の「俺たちのサッカー」であったはずだ。

フィジカルと個の能力が要求されるロングカウンターより、統率を取って走り勝つハイプレス&ポゼッションの方が日本人のスタイルには合っていると思う。

代表選手たちは、自分たちをバルセロナの選手のような一流の選手だと勘違いして「自分たちのサッカーをしたい」と口にしていたわけではきっとないはずだ。

圧倒的不利に立たされる日本が勝つために残された唯一の戦術。それが「自分たちのサッカー」だ。

ただ、弱者の兵法といえど、それを実現することは簡単ではない。

実力的に劣る日本の場合、こちらの戦術がハマらない場合は相手の出方に合わせて試合運びをしなければならなくなる。どの位置でブロックを組むかなど、一筋縄ではいかない駆け引きが必要になる。

サッカーは動的なスポーツだ。ハイプレスとポゼッションがそれぞれ機能しないときに選手達がどれだけ耐えられるかで勝負が決まるという側面もある。だから高いレベルの戦術と練度が必要なのだ。

ハリル解任後に残された少ない時間では、練度を高めることは困難だったであろう。だから私はこのタイミングでの監督解任は反対だった。解任するなら、せめて韓国に敗れた昨年の12月に決断するべきだったのだ。

ただ、今回のパラグアイ戦を見るに、絶望するほどは悪くない。田嶋会長の「日本らしいサッカーをやりたい」という言葉も、あながち戯言ではないのかもしれない(たぶん戯言)。

まとめ

この記事で述べた私の考えをまとめると、以下の3点になる。

  • ハイプレス&ショートカウンターは、ハリルの遺産というより、長きにわたって日本代表が目指してきたものであると同時に、各選手がクラブで培ってきたもの
  • ハリルと選手たちが衝突した原因は、ハイプレスが機能しない場合の戦術にあるのかもしれない
  • 「俺たちのサッカー」の本来の姿こそ、真の弱者である日本に適した戦術である

今回のパラグアイ戦で、W杯に向けての一縷の希望を見いだすことができた。特に、ゲーゲンプレスに似た「すぐさま攻撃に繋げられる守備」を実行できていたことが印象的だった。

本戦では、選手たちはとにかく「走って」ほしい。強度の高いランを行うことで初めて、ハイプレスおよび遅攻時の効果的なオフザボールの動きを実現できる。

依然、グループリーグでの勝利が難しいことに代わりはないが、今回の結果を受けてW杯本戦が楽しみになってきたことは確かだ。

夢を力に。頑張れ、SAMURAI BLUE。