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合成化学者は奴隷かアーティストか -AI時代を生き抜けるのか-

「合成化学者は頭を使わなくても手を動かしていれば結果が出せる」

「合成化学はブラックだ」

このような意見を聞くことがある。言わんとしていることは分かるし、実際、合成化学に従事する者の中にも「合成ソルジャー」や「合成奴隷」を自称してネタにする人がいる。

では、本当に合成化学者は頭を使っていないのであろうか?また、もし頭を使っていないのであれば、合成の仕事はAI(人工知能)やロボットに簡単に代替されるのだろうか?今日はその辺を考察してようと思う。

私は博士課程1年目までは合成化学をやっておりました。今は人工知能分野に身を置いています(まだ素人ですが)。一歩引いた立場から合成化学を眺めてみて色々思うことがあったので、ここに綴らせて頂きます。化学と認知科学の知識を用いて解説をしていきます。若輩者の意見ですので、もし何かございましたらご指摘・ご意見いただけると幸いです。

合成化学とは?

知らない方のために合成化学とはどんな学問なのかについて解説しておく。合成化学とは、簡単に言えば「新しい化合物を合成する学問、もしくは、新しい合成手法を開発する学問」のことである。ステレオタイプなイメージで表現すると、白衣を着て試薬をまぜまぜする仕事だ。

下図は、「キュバン」という化合物を合成する手順を示している(Wikipedia「有機合成化学」より引用)。このように、複数のステップを経て目的の化合物をつくる、もしくは、目的の化合物をつくるための合成手法を開発する、というのが合成化学の仕事である。

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なぜ批判されるのか?

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なぜ合成化学は「ブラック」だの「頭を使っていない」だのと批判されのであろうか?理由の一つは、合成化学が「物質をつくりだす」学問だから、というのが大きいように思う。机上で行う理論研究、いわゆる”ドライ”な研究とは違い、手を動かせば目に見える形で何かしらの物質ができる。だから「手を動かすだけで良い」という批判も生まれてくるのだろう。

もう一つの理由は、単純に実験に手間と時間がかかるからであろう。合成や精製、反応条件の検討をほぼ手作業で行っているため、1つのステップを終わらせるだけでも数日~数週間かかることがある。それが最終目的物(上の図だとキュバン)を得るまで続くのだから、相当の精神力・忍耐力が必要だ。確かにしんどいのだ、実際。

本当に手を動かすだけで結果が出るのか?

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では、本当に手を動かすだけで結果が出るのだろうか?先ほども言った通り、反応を行えば何かしらの物質はできる。だから「結果が得られる」という意味ではYES。

ただし、そのできあがった「何か」はなんの機能も持たないゴミクズかもしれないし、一見役に立ちそうに見えても学術的には意味のない化合物かもしれない。このことは合成化学者たちも十分理解しており、ただ新しいものを作っただけの仕事を高く評価することは決してない。「あの人は論文はたくさん出てるけど、研究自体はおもしろくないよね」という評価を受けることは往々にしてある。そのため、「手を動かすだけで”良い”結果が出るか」という問には、NOと答えざるを得ない。

そもそも、どの分野の研究でも最も重要なのは「問題解決それ自体」であり、この部分で思考力が必要になる。今この分野で何が問題になっているのか、未解決問題はなんなのか、何をつくり出せばこの分野はより良くなるのか、ということを考え、実行し、問題を解決する。これが研究の本質である。そのため、問題解決の手段が手作業であれ数学であれAIであれ、その部分は比較的どうでも良いのだ。問題を効果的に解決する手法を選択するのが科学者というものだ。合成化学の場合、問題解決のための最も効果的な手段が現時点では「手作業での実験」であるため、これを採用しているに過ぎない。

合成化学者はAIに代替されるのか?

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では、「人が手作業で行う」以上に効果的・効率的な方法は存在するのだろうか?合成化学者はこれからAIやロボットの存在によって滅ぼされてしまうのだろうか?これに対する私の答えは、「合成化学者は今後20~30年は戦える」だ。理由を以下に記そう。

単純な手作業が多いなら、すぐAIやロボットに代替されてしまいそうなものである。なぜ私がそう思わないかと言うと、合成化学の研究は人間の思考のブラックボックスな部分に支えられていると思うからだ(これは合成化学に特有というわけではなく、他の学問にも当てはまるはずだ)。

まず一つ目に、実験は潜在記憶をフルに生かした行為だからAIに代替されづらい、ということが挙げられる。潜在記憶とは「自転車の乗り方」など、うまく想起・言語化できない記憶のことである。潜在記憶に対して、想起意識を伴う記憶は顕在記憶と呼ばれ、「さくらんぼは赤色である」とか「昨日の夜はハンバーグを食べた」など、明確に言語化できる種類の記憶のことである。

合成実験には高度なテクニックが必要とされ、スポーツなどと同様、潜在記憶をフルに生かした行為だと言える。特に、不活性雰囲気下での実験には職人技ばりの細かい作業が求められ、少し操作を誤っただけで大失敗を招くこともある。もちろん、作業動作自体を言語として記述することは可能だが、操作を行う際の”感覚”について抽出することはできず、操作の再現が難しい。自転車に乗った際のバランスの取り方について記述できないのと同じだ。このように、言語だけで実験技術の全てを伝えることはできないため、合成化学者が満足に実験を行えるようになるまでには年単位の時間がかかってしまう。

潜在記憶によって実現される作業を機械によって代替するのはなかなか難しい。言語として記述するのが難しいため、プログラムすることが難しいからだ。もし実験操作をロボットで代替したとしても、そのロボットに人間のような「知能」が備えられていない限り、操作の判断については結局は人間がすることになる。もちろん、機械学習やデータマイニングのような手法を採用し、大量のデータからの知識獲得を狙うという手もある。ただ、化学実験における「どのような条件、操作でうまくいったのか」という類のデータの数は莫大なものになり、これらのデータを解析に適した形で集めることは現実的に不可能だと言わざるを得ない。化学反応の結果を左右する因子(独立変数)は数えきれないほど存在するし、この世に数千万〜数億は存在すると言われる化合物それぞれが異なる性質を有しているからだ。加えて、「どのような条件・操作で失敗したのか」というデータは一般的には公にならないので、そのようなネガティブデータの不足が人工知能モデルの能力を損なわせることにもつながるだろう。

二つ目の理由として、合成経路や合成手法の提案は人間のヒューリスティックに強く依存しているから、というのが挙げられる。ヒューリスティックとはいわゆる「経験則」のことだ。何らかの問題に取り組んだとき、「なんかよくわからないけど解けた」「感覚で解けた」という経験をしたことがあると思う。そのような言語化の難しい思考プロセスを使って素早く答えを出す手法のことを、「ヒューリスティック」と呼ぶ。

ある程度経験を積んだ合成化学者であれば、合成スキームを見ただけで、合成法と最適な反応条件を提案できるのではないだろうか。これは経験から得られるもので、その思考プロセスを言語化するのは非常に難しいと感じるはずだ。これがまさにヒューリスティックのなせる技である。少ないデータからでも、ある程度信頼できる解を直感的に素早く導ける。そのため、ササッと実験に移ることができる。そこで得られた実験結果を踏まえてフィードバックを行うことにより、さらにヒューリスティックの精度を上げることができる。

人間が優れているのは、実験の提案段階から結果を得る段階までのすべてを、独力かつスムーズに実行できる点にある。圧倒的なスピードでヒューリスティックを鍛えていけるのだ。現在のAIは限られたタスクについては人間より速く学習することができるが、そのためには大量のデータが必要である。また、合成化学者のように研究全体について包括して学習することは今のところ不可能だ。

以上が私が合成化学者はこれからも生き残っていけると考える理由だ。合成化学者を完全に代替するためには、ドラえもんのような汎用人工知能の登場を待たねばならないだろう。

合成化学者がAI時代を生き抜くために

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とは言っても、合成化学の各タスクは徐々にAIやロボットに代替されてゆくだろうと私は予想している。現在でも、反応予測や反応経路予測に対して人工知能を利用してアプローチする研究を見かけるし、反応・精製をオートメーション化する動きも見られる。

未来を予測することにはあまり意味がないと個人的には思っているのだが、合成化学者が今後生き残るためにはどうしたらいいのかについてはいくつか思い当たる点があるので、以下に記そう。

まず第一に、細かい合成技術を磨く、ということである。合成・精製がオートメーション化されたとしても、おそらくそれは画一化された性能しか持たないであろう。簡単な反応を行って簡単に精製をする程度の性能にしばらくは留まるはずだ。つまりそれは、個別の現象に対応することができない「頭の固いモデル」ということになる。実際、今の自動HPLCなんかでも、特殊な化合物を精製する際には全く役に立たなかったりする。そのため、しっかりとした合成技術を磨いておけば、簡単に機械に代替されることはないはずだ。痒いところに手が届く合成化学者は、今後10~20年は必要とされるはずだ。

第二に、人工知能分野の全体像について学んでおくことだ。今現在AIを使って何ができるのか、一体どのような手法なのか、ということを理解していれば、化学の専門家としてAIの使い所を見極めることができ、自分の研究にAIを生かすこともできるはずだ。自分でプログラムをつくれなくても、使い所さえ分かっていれば人工知能に詳しい人材に仕事を依頼することが可能だ。

全体像をざっくり掴むくらいなら正直そこまで大変ではない。数学、英語、プログラミングがそこそこできれば、数週間~数ヶ月も勉強すれば全体像を捉えることができる。機械学習やディープラーニングの理論の理解には、少なくとも大学教養レベルの数学力が必要なので、数学は勉強しておいた方が良いだろう。

英語が必要な理由は、分野の発展のスピードが化学とは比べ物にならないほど早いので、英語の文献を読まないとついていけないからだ(研究者なら英語は苦にしないだろうし)。

プログラミングについては言わずもがなだが、とりあえずPythonが書ければいいのではないだろうか(自分もまだ実力不足なので偉そうなことは言えない笑)。また、人工知能は量子化学計算との融合を見込めるので、量子化学も勉強しておくと良いだろう。

逆転の発想で生き残る

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私は合成化学者を応援している。合成化学者は、よく分からない批判に負けず、自分たちの信じる道を突き進んでいってほしい。合成化学者は身体を使って仕事をするのでバカにされがちだが、むしろそこに強みがあるように私には思えるのだ。

これからは様々な仕事が機械に代替されていく。プログラムによって再現しやすい作業や、関連データを簡単に収集できる作業からどんどん代替されていくので、手続きを明確に記述できる作業はすぐに一掃されるだろう。そのため、これからは言語化が難しい能力(上で取り上げたヒューリスティックや潜在記憶など)を鍛えていった方が良さそうだ。直感や第六感と呼ばれるようなものに近いのだろうか?

この能力を鍛えるためには経験が必要だ。それも、質の高い問題解決を何度も経験する必要がある。だから、常にChallengingなことに挑戦しよう。合成化学者であれば、物怖じせず、難しい化合物の合成に挑もう。失敗を恐れず、難しい実験に挑戦してみよう。そして、そこで得た経験を生かして、より難しいことに挑戦しよう。

このサイクルをなるべく早く回し、素早く成長していくことが大切だ。合成化学に限らず、すべての分野の人が取るべき戦略だと思う。人間は単純な数理能力ではもうコンピューターに勝てない。それなら、コンピューターが苦手な分野で勝負しよう。人工知能に対して必要以上に悲観的な感情を抱かず、ポジティブにがんばりましょう。

少し話は変わるが、自分たちが作り出したプロダクトをCoolだと誇るのがエンジニアというものらしい。無から有を作り出せる存在だからだ。彼らと同じように、合成化学者も無から有を作り出せる創造的な存在なのだから、合成奴隷・合成ソルジャーなどと自虐せず、自分たちが生み出した分子を誇るべきだ。

ビジュアル的にも美しいのが化学。その美しさをゼロから演出でき、実験技術という職人技を持つ合成化学者は、さながらアーティストのようではないか。あまり自分たちのことを卑下せず、自信を持って楽しく研究しましょう!